美容編特別編喫茶店にて午後三時。駅前の小さな喫茶店。窓際の席で、池元南はアイスコーヒーを飲んでいた。「お待たせしました。」津森真彦が資料の入った鞄を持って現れる。「今日も忙しそうですね。」「社労士は年度が変わると、どうしてもね。」二人は笑いながら席に着いた。しばらくは他愛もない話。天気のこと。最近読んだ本のこと。そして津森が切り出した。「美容室、落ち着きましたね。」池元は静かにうなずいた。「神崎さ...
美容編エピローグ未来は、誰かがつくるものじゃない。「神崎さんの記事、読みました。」ある日、一通のメールが届いた。送り主は、遠く離れた県で美容室を経営するオーナーだった。「うちも人が辞めて困っています。」「週2正社員が答えかどうかは分かりません。」「でも、『働き方を変える』という考え方に、救われた気がしました。」神崎はメールを読み終えると、小さく笑った。あの日の自分なら、「どうすれば人が辞めないか。...
美容編第12話ふたたび、美容の未来へ春。ルミエールの前に、小さな桜の花びらが舞っていた。「おはようございます。」「おはよう。」以前と変わらない朝。でも、店の中は少しだけ変わっていた。月曜日は彩がいる日。水曜日は教育の日。金曜日はSNSの撮影日。土曜日は全員がそろう。それぞれの働き方に合わせて、一週間が組み立てられている。誰かに合わせるのではない。みんなで支え合うための一週間だった。「陽菜、今日のイ...
美容編第10話おかえり。「おはようございます。」朝九時。少し緊張した声が店内に響いた。「おはよう!」一番大きな声で返したのは、藤井陽菜だった。「彩さん、お久しぶりです!」「久しぶり。」中村彩は少し照れくさそうに笑った。三年ぶりの制服。三年ぶりの店。鏡の位置も、セット面も変わっていない。でも、自分だけが少し変わった気がしていた。「緊張してる?」店長の美咲が声を掛ける。「すごく。」「みんな最初はそうだ...
美容編第9話時間ではなく、役割で支える「今日は少し長くなるかもしれない。」営業を終えた店内で、神崎はスタッフ全員を見渡した。「でも、大事な話だから聞いてほしい。」ホワイトボードには、大きく三つの言葉が書かれていた。時間仕事役割「みんなに相談があります。」神崎はゆっくり話し始めた。「彩さんに、もう一度この店で働いてもらえないかお願いした。」店内が静かになる。「本人からは、『条件付きでお願いします』と...
美容編第8話もう一度、ハサミを持ちたい数日後。神崎は、一通のメッセージを送っていた。「もし時間があったら、一度お茶でもしませんか。」送り先は、中村彩だった。すぐに返信が来た。「もちろんです。」休日の午後。店の近くのカフェで二人は向かい合っていた。彩は少し緊張した様子だった。「突然ごめんね。」「いえ。」神崎はコーヒーを一口飲んでから切り出した。「この前。」「店で『また働けたら』って言ってたよね。」彩...
美容編第7話それって、本当に公平ですか?「今日は、みんなに相談があります。」営業が終わり、スタッフ全員が集まった。いつものミーティングとは少し違う空気だった。神崎はホワイトボードの前に立つ。その横には、池元南と津森真彦の姿もあった。「相談?」店長の佐伯美咲が不思議そうに聞く。「今日は決定事項じゃない。」「みんなの意見を聞きたい。」神崎はそう前置きしてから、ホワイトボードに一つの言葉を書いた。週2正...
美容編第6話そんな働き方が、本当にできるんですか?「今日はもう一人、お会いしていただきたい方がいます。」池元南に案内され、神崎健一は会議室へ入った。そこには、スーツ姿の男性が座っていた。「はじめまして。社会保険労務士の津森真彦です。」「神崎です。よろしくお願いします。」名刺を交換しながら、神崎は心の中で思った。(社労士さんか……。)正直、労務や助成金の相談をする相手とい...
美容編第5話みんな、美容が好きだった「今日はよろしくお願いします。」池元南は、店のバックヤードに小さな机を用意した。一人ずつ、三十分ほど話を聞く。仕事内容ではない。評価でもない。ただ、「働くこと」について話を聞くだけだった。最初に入ってきたのは店長の佐伯美咲だった。「店長って、大変ですね。」池元がそう言うと、美咲は思わず笑った。「そう見えます?」「少しだけ。」「じゃあ、正解です。」美咲は笑いながら...
美容編第4話何のために美容室を経営していますか「神崎さん、こちらです。」指定された会議室に入ると、一人の女性が立ち上がった。「はじめまして。池元南です。」柔らかな笑顔だった。名刺には「キャリアコンサルタント」と書かれている。神崎は少し身構えていた。正直に言えば、あまり期待はしていなかった。経営コンサルタントには何人も会ってきた。売上を上げましょう。客単価を上げましょう。求人サイトを変えましょう。S...
美容編第3話店長という仕事「店長、お時間いいですか。」朝礼が終わり、スタッフが持ち場へ散っていく。陽菜が少し申し訳なさそうな顔で立っていた。「どうした?」「今日のレッスンなんですが……。」そこまで聞いて、美咲は察した。「予定?」「友達の結婚式の打ち合わせがあって……。」「そうなんだ。」「すみません。」美咲は少し考えた。「今日はいいよ。」陽菜は...
美容編第2話美容師になりたかっただけなのに「おはようございます!」朝八時半。藤井陽菜は誰よりも大きな声で店に入った。「おはよう。」店長の佐伯美咲が笑顔で迎えてくれる。この瞬間は好きだった。鏡を拭き、タオルをたたみ、今日の予約を確認する。十時のオープンまでの店内は、いつも少しだけ穏やかな時間が流れる。陽菜は美容師になりたかった。小学生の頃、母に連れられて初めて美容室へ行った日のことを今でも覚えている...
美容編第1話また一人、辞めます「少し、お時間いただいてもいいですか。」営業が終わり、店内の片付けも一段落した頃だった。店長の佐伯美咲が、少し硬い表情で声をかけてきた。「どうした?」神崎健一は、カルテを閉じながら顔を上げた。美咲は一枚の封筒を差し出した。「藤井さんからです。」その瞬間、神崎は何も言えなくなった。白い封筒には、見慣れた文字で書かれていた。退職届今年に入って、三人目だった。神崎は封筒を開...