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8年ぶりの白衣は、少しだけ肩がきつかった。
けれど、それよりも背筋が自然と伸びる感覚の方が、懐かしかった。
「じゃあ、今日からよろしくお願いしますね」
朝9時、スタッフステーションでの短い紹介を終えたあと、事務長がそう言って小さく会釈をした。
挨拶はあっさりとしたものだったが、何人かの職員が優しく笑い返してくれたのが救いだった。
——戻ってきてしまった。
何度も鏡の前でシミュレーションした立ち姿。けれど、いざその場に立つと、空気の密度はまるで違っていた。
カルテの書式が変わっていた。
電子カルテの操作も、知らない画面がいくつも増えていた。
薬の名称や略語も、数年で随分とアップデートされている。
「これ、まだ指示入ってないから、回収だけお願いします」
若手看護師の青木が、メモを片手に声をかけてくれる。
言い方は丁寧だったが、その口調にはどこか“仕事としての距離感”がにじんでいた。
真理は無言でうなずいた。
その“距離”は当然のものだと、頭ではわかっていた。
患者に話しかけるときだけ、少しほっとした。
名前を呼び、目を見て、足元の毛布を整える。
「ありがとうねぇ」「お姉さん、優しいねぇ」
そんな言葉が返ってくるたびに、「ここにいていいのかもしれない」と心がわずかに動いた。
だがその安堵も、午後のナースコールで、崩れた。
「え?回した?真理さんが?」
看護師長・杉山の低い声が、ステーションに響いた。
真理が処置後の記録を入力しようとしたとき、1人の患者の点滴ラインの交換指示が“実施済み”になっていたのだ。
「私、確認が……」
言いかけた言葉を、杉山が制した。
「いえ、記録ミスかもしれません。新人でも間違えることですから。確認は二重に。
……週に2回しか入らない方なら、なおのこと、慎重にお願いしますね」
その言葉には、誰にも聞こえるように、でも本人にだけ突き刺さるように、重みがあった。
夕方、記録入力を終えてロッカーに戻る途中、真理はふと立ち止まった。
白衣のポケットの中で、小さな名札がカチッとぶつかる音がした。
「——そうだった。私、これでずっとやってたんだった」
あの頃と何もかもが変わっているようで、実は変わっていないものもあった。
患者の顔を見て、声をかけて、温度を確かめて。
自分はまだ、それをできる人間でいられるだろうか?
答えはすぐには出なかった。
けれど、心の奥で何かが、すこしずつ、戻ってきている気がした。

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