![]()
「佐伯さん、昨日の患者さんの件、ありがとうございました」
朝の申し送りが終わったあと、青木優花が、少し気まずそうに話しかけてきた。
「いえ、こちらこそ助かりました」
真理は軽く会釈しながら答える。
カルテの中の気になる数値に付箋を貼っておいた。それに気づいて、青木が主治医に報告をしたのだという。
「……なんか、こういうの久しぶりで。パートだと、余計なこと言わない方がいいのかなって、思ってたから」
ぽつりと漏れた青木の言葉に、真理は一瞬手を止めた。
「“余計なこと”じゃないよ。ちゃんと、見てたんでしょ?」
青木は、照れたように口角を上げた。
その笑顔は、初日に見た彼女の印象とは、どこか違っていた。
昼休み、ステーションの片隅で、杉山看護師長は一人で資料をめくっていた。
少し離れた位置で、青木と真理が笑いながら話している。何か仕事の話をしているらしいが、どこか雰囲気が柔らかい。
——あの子、あんな風に話すタイプだったかしら?
そんな風に思っている自分に気づき、杉山は軽く眉をひそめた。
彼女自身、現場の最前線を長年歩んできた。
「誰かに甘えることなく、頼られる側でなければならない」と思っていた。
だからこそ、“週2勤務の正社員”という仕組みには、本能的に反発があった。
けれど。
——週2しかいないはずの人が、なぜかチームの輪に入っている。
「不思議な人ね……」
小さくつぶやいた言葉を、誰にも聞かれることはなかった。
その日の夕方、病棟の一角で、真理はひとりの高齢患者と話をしていた。
「あなた、戻ってきたのね」
患者は以前からこの病院に入退院を繰り返していた人で、真理の顔をなんとなく覚えていた。
「うん、ちょっとだけね」
「ちょっとでも、戻ってくれてよかった。あんた、声がやさしいから安心するよ」
その言葉に、真理は思わず黙り込んだ。
気づけば、自分の右手が白衣の胸ポケットに自然と触れていた。
名札がそこにある。
この場所に、もう一度、自分が“戻ってきた”ことを、今さらのように実感していた。
帰り支度のとき、ロッカーで青木がぽつりと言った。
「……実は、私も夜勤明けに資格の勉強してるんです」
「訪問看護、興味があって。でも、誰にも言ってなかった」
「なんで?」
「だって……パートのくせにって、言われそうじゃないですか」
その言葉に、真理はふと微笑んだ。
「パートって、くせになるもの?」
青木が吹き出した。「……なりませんね」
「じゃあ、やってみたら? “くせ”になる前に、次へ」

目次
![]()
週2正社員のススメ https://amzn.to/47zfwKW
週2だけど正社員です! ~小説 週2正社員のススメ~ https://amzn.to/47x2E8h