小説『ふたたび白衣の未来へ』第5章:すれ違いのその先で

第5章:すれ違いのその先で


 「佐伯さん、昨日の患者さんの件、ありがとうございました」
 朝の申し送りが終わったあと、青木優花が、少し気まずそうに話しかけてきた。

 「いえ、こちらこそ助かりました」
 真理は軽く会釈しながら答える。
 カルテの中の気になる数値に付箋を貼っておいた。それに気づいて、青木が主治医に報告をしたのだという。

 「……なんか、こういうの久しぶりで。パートだと、余計なこと言わない方がいいのかなって、思ってたから」

 ぽつりと漏れた青木の言葉に、真理は一瞬手を止めた。

 「“余計なこと”じゃないよ。ちゃんと、見てたんでしょ?」

 青木は、照れたように口角を上げた。
 その笑顔は、初日に見た彼女の印象とは、どこか違っていた。


 昼休み、ステーションの片隅で、杉山看護師長は一人で資料をめくっていた。
 少し離れた位置で、青木と真理が笑いながら話している。何か仕事の話をしているらしいが、どこか雰囲気が柔らかい。

 ——あの子、あんな風に話すタイプだったかしら?

 そんな風に思っている自分に気づき、杉山は軽く眉をひそめた。

 彼女自身、現場の最前線を長年歩んできた。
 「誰かに甘えることなく、頼られる側でなければならない」と思っていた。
 だからこそ、“週2勤務の正社員”という仕組みには、本能的に反発があった。

 けれど。

 ——週2しかいないはずの人が、なぜかチームの輪に入っている。

 「不思議な人ね……」

 小さくつぶやいた言葉を、誰にも聞かれることはなかった。


 その日の夕方、病棟の一角で、真理はひとりの高齢患者と話をしていた。

 「あなた、戻ってきたのね」
 患者は以前からこの病院に入退院を繰り返していた人で、真理の顔をなんとなく覚えていた。

 「うん、ちょっとだけね」

 「ちょっとでも、戻ってくれてよかった。あんた、声がやさしいから安心するよ」

 その言葉に、真理は思わず黙り込んだ。
 気づけば、自分の右手が白衣の胸ポケットに自然と触れていた。
 名札がそこにある。
 この場所に、もう一度、自分が“戻ってきた”ことを、今さらのように実感していた。


 

画像
 

 帰り支度のとき、ロッカーで青木がぽつりと言った。

 「……実は、私も夜勤明けに資格の勉強してるんです」
 「訪問看護、興味があって。でも、誰にも言ってなかった」

 「なんで?」

 「だって……パートのくせにって、言われそうじゃないですか」

 その言葉に、真理はふと微笑んだ。

 「パートって、くせになるもの?」

 青木が吹き出した。「……なりませんね」

 「じゃあ、やってみたら? “くせ”になる前に、次へ」

 

 

 


 


目次

 

参考図書

週2正社員のススメ https://amzn.to/47zfwKW

週2だけど正社員です! ~小説 週2正社員のススメ~ https://amzn.to/47x2E8h