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「週2正社員制度、ですか……」
数日後、井上院長は電話の受話器を耳に当てたまま、少し苦笑していた。
応対してくれているのは、以前一度だけ県の医療セミナーで名刺交換をしたキャリアコンサルタント、池元南だった。
「はい。うちでも導入したいと考えていまして。看護師の人材不足も深刻ですし……」
「素晴らしい視点だと思います」
池元の声は、穏やかで落ち着いていた。だが、どこか芯のある口調だった。
「ただ……“制度”を整えるだけでは、現場は回りません。制度より先に、“人の理解”が必要です」
「……理解、ですか」
「はい。週2しか来ないからといって、“責任がない”と見なされたり、逆に“特別扱い”だと受け止められたり。最初の数ヶ月は必ず、戸惑いや摩擦が起こります」
池元は、言葉を選ぶように続けた。
「なので、必要なのは“制度設計”と同時に、“職場全体の合意形成”です。もしよければ、信頼できる社労士の方をご紹介できますよ。制度面と職場コミュニケーションの両輪が必要ですから」
「……お願いします。心強いです」
翌週。
院長室に、池元南と、紹介された社労士の津森真彦が揃ってやってきた。
「……週2正社員制度そのものは、就業規則の範囲内で整備できます」
スーツに身を包んだ津森は、端的かつ明快だった。
「ただし、週の勤務時間や職務範囲をどう定義するか。人事評価をどう行うか。
このあたりを曖昧にしたまま導入すると、“どっちつかずの人材”として浮きがちになります」
「なるほど……」
井上はメモを取りながら、ふと問いかけた。
「実は、うちに“戻りたい”と連絡をくれた元看護師がいます。彼女を第1号として迎えたいのですが……」
池元が微笑む。
「それは素晴らしいですね。復職支援の観点からも、具体的な“顔”があると導入の説得力がまったく違います」
「……ただ、現場には“どうせ週2でしょ”という声もあるかもしれません」
井上は、正直な懸念を口にした。「ベテランの看護師長がいて、少し慎重派というか……」
「その方を敵に回さないことが、最大のポイントです」
池元は言い切った。
「制度に“納得”してもらうには、“立場を理解した上で、巻き込む”必要があります。最初から理解してもらう必要はありません。むしろ、“違和感がある”と感じている人こそ、大事なキーパーソンです」
その言葉が、どこか井上の胸に刺さった。
慎重な人。慎重すぎて、時に変化を拒む人。
でも、そんな人が「それでも必要かもしれない」と言ったとき、組織は一気に動き出す。
——この病院を、もう一度“戻って来たくなる場所”に。
その小さな決意が、井上の背筋をわずかに伸ばさせた。

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