小説『ふたたび白衣の未来へ』第3章:戸惑いの院内会議

第3章:戸惑いの院内会議

 


 「……以上が、短時間正社員制度の導入概要です」

 
午後2時。
 会議室に並んだ職員たちの前で、井上院長はゆっくりと資料を置いた。
 職員の表情は、静かだった。だがその沈黙には、言葉にしづらい戸惑いが含まれていた。

 会議には、看護師長の杉山恵子、看護部長、事務長、若手看護師の青木、ベテラン医師、そして一部外部スタッフも同席していた。

 井上は言葉を継いだ。

 「具体的には、週2〜3日勤務でも正社員とする枠をつくり、社会保険加入のもと責任ある業務に就いてもらう。対象は、過去に勤務経験のあるスタッフや、事情によりフルタイムが難しい人です。すでに社労士の津森真彦先生と、キャリアコンサルタントの池元南先生に制度設計をお願いしています」

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 静けさを破ったのは、看護師長・杉山だった。

 「……院長、お言葉ですが」

 いつもの落ち着いた声に、わずかに硬さがにじんでいた。

 「週2しか来られない人に、“正社員としての責任”を果たせるとは思えません。現場は、毎日動いています。情報共有、急な対応、引き継ぎ……週2勤務では、どうしても空白が生まれます」

 井上はうなずいた。「たしかに、課題は多いと思います」

 「それだけではありません」
 杉山は、言葉に力を込めた。
 「既存のフルタイムスタッフが、“なぜあの人は特別なのか”と感じれば、現場の空気はすぐに悪くなります。
 “週2だから仕方ないよね”という遠慮が生まれたら、それは組織としての弱体化です」

 その言葉に、若手の青木がチラリと視線を上げた。

 「……でも、パートの私たちだって、いつも“どうせパートでしょ”って見られてますよ」

 会議室の空気が一瞬、ピンと張りつめた。

 青木は気まずそうに口を押さえたが、井上はその言葉を遮らず、視線を杉山に戻した。

 「杉山さん、あなたの指摘は正しい。だからこそ、制度設計は慎重にやりたい。評価基準も明確にし、業務範囲も線引きをするつもりです。
 ただ私は、“働きたいけど働けない人”を、仕組みで支える努力を、私たちが怠ってはいけないと思っています」

 沈黙。
 その場の誰もが、どこかで感じていたけれど、声にしなかったテーマが今、真正面から投げ込まれた。

 「……誰のための制度ですか?」

 杉山の目は、鋭く院長を見つめていた。
 「現場のスタッフのためですか?それとも、退職した元職員のため?あるいは、病院の人材確保のためですか?」

 その問いに、井上は一拍置いてから、ゆっくりと答えた。

 「——“未来の私たち”のためです」
 「今ここで制度を整えなければ、数年後、私たちはもっと深刻な人手不足の中で、“働きたくても戻れない人”の存在にすら気づけなくなる。そうならないための一歩です」


 会議の最後、明確な結論は出なかった。
 だが誰もが、確かに“何かが変わり始めている”ことを感じていた。

 真理の名前は、まだこの会議では出ていない。
 だが彼女の存在は、この場の空気に、確かに影を落としていた。

 

 


 


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