小説『ふたたび白衣の未来へ』第6章:もう一度、名前を呼ばれて

第6章:もう一度、名前を呼ばれて
 


 「佐伯さん、今週もありがとうございました」
 金曜の午後、杉山看護師長が廊下で真理に声をかけた。

 珍しく、呼び止めるような声だった。

 「はい、ありがとうございました」

 頭を下げた真理に、杉山は一拍置いてから口を開いた。

 「この前の申し送り、助かりました。記録の仕方もきちんと伝わっていましたし、患者さんの反応も良かったです」

 それは、言葉としては控えめだった。
 けれど、真理にとっては、その一言が胸に響いた。

 「ありがとうございます……ちゃんと、役に立ててますか?」

 杉山は、わずかに目を細めた。

 「正直に言えば、最初は“週2で何ができるのか”と思っていました。けれど、週2で“できることだけに集中できる人”の強さも、あるのかもしれないと思い始めています」

 それは、彼女なりの“許可”だった。


 一方、高梨美穂は、退院後に保育園に復帰していた。
 病室で見たあの週2勤務の看護師の姿は、ずっと心に残っていた。

 「週5じゃないと責任を果たせない」という思い込み。
 けれどそれは、“自分が背負いすぎていた言い訳”だったのかもしれない。

 「週2の保育士採用枠、試してみようかな」
 そうつぶやいた自分に、少し驚いた。
 けれどその言葉は、思ったより自然だった。


 ある日、院長室。
 井上は、新しい求人票を作成していた。

 【週2・週3正社員制度導入。勤務日数に応じた役割設計あり。ブランクOK】
 その文章の下に、ふと添えた言葉。

 「もう一度、名前を呼ばれてみませんか」

 それは、真理の姿を見て浮かんだ一文だった。


 

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 そして、その日の病棟。
 夕方の回診が終わったあと、一人の患者が真理の名札を見つめながら言った。

 「ねぇ、前にも会ったことあるよね。……さえきさん、だったよね?」

 真理は、少しだけ驚いたように、けれどすぐに微笑んだ。

 「……覚えててくれたんですね。ありがとうございます」

 患者の手をそっと包み込むように握る。
 その手のぬくもりに、8年の空白が、少しだけ満たされた気がした。


 帰り道、制服を脱いだ真理は、ふとスマホを手に取った。
 画面の中には、キャリアコンサルタントの池元からのメッセージがあった。

 >「どうですか? “また働く”ということは、“また生きる”ということ。
 >そう、私は思っています」

 真理は、そっと返信を打った。

 >「はい。
 >もう一度、“名前を呼ばれる場所”があるって、すごく幸せです」

 

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