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「佐伯さん、今週もありがとうございました」
金曜の午後、杉山看護師長が廊下で真理に声をかけた。
珍しく、呼び止めるような声だった。
「はい、ありがとうございました」
頭を下げた真理に、杉山は一拍置いてから口を開いた。
「この前の申し送り、助かりました。記録の仕方もきちんと伝わっていましたし、患者さんの反応も良かったです」
それは、言葉としては控えめだった。
けれど、真理にとっては、その一言が胸に響いた。
「ありがとうございます……ちゃんと、役に立ててますか?」
杉山は、わずかに目を細めた。
「正直に言えば、最初は“週2で何ができるのか”と思っていました。けれど、週2で“できることだけに集中できる人”の強さも、あるのかもしれないと思い始めています」
それは、彼女なりの“許可”だった。
一方、高梨美穂は、退院後に保育園に復帰していた。
病室で見たあの週2勤務の看護師の姿は、ずっと心に残っていた。
「週5じゃないと責任を果たせない」という思い込み。
けれどそれは、“自分が背負いすぎていた言い訳”だったのかもしれない。
「週2の保育士採用枠、試してみようかな」
そうつぶやいた自分に、少し驚いた。
けれどその言葉は、思ったより自然だった。
ある日、院長室。
井上は、新しい求人票を作成していた。
【週2・週3正社員制度導入。勤務日数に応じた役割設計あり。ブランクOK】
その文章の下に、ふと添えた言葉。
「もう一度、名前を呼ばれてみませんか」
それは、真理の姿を見て浮かんだ一文だった。
そして、その日の病棟。
夕方の回診が終わったあと、一人の患者が真理の名札を見つめながら言った。
「ねぇ、前にも会ったことあるよね。……さえきさん、だったよね?」
真理は、少しだけ驚いたように、けれどすぐに微笑んだ。
「……覚えててくれたんですね。ありがとうございます」
患者の手をそっと包み込むように握る。
その手のぬくもりに、8年の空白が、少しだけ満たされた気がした。
帰り道、制服を脱いだ真理は、ふとスマホを手に取った。
画面の中には、キャリアコンサルタントの池元からのメッセージがあった。
>「どうですか? “また働く”ということは、“また生きる”ということ。
>そう、私は思っています」
真理は、そっと返信を打った。
>「はい。
>もう一度、“名前を呼ばれる場所”があるって、すごく幸せです」

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