美容編
第7話
「今日は、みんなに相談があります。」
営業が終わり、スタッフ全員が集まった。
いつものミーティングとは少し違う空気だった。
神崎はホワイトボードの前に立つ。
その横には、池元南と津森真彦の姿もあった。
「相談?」
店長の佐伯美咲が不思議そうに聞く。
「今日は決定事項じゃない。」
「みんなの意見を聞きたい。」
神崎はそう前置きしてから、ホワイトボードに一つの言葉を書いた。
週2正社員
店内が静まり返る。
最初に口を開いたのは藤井陽菜だった。
「週二日だけ働く正社員……ですか?」
「そう。」
神崎はうなずいた。
「そんな制度があるらしい。」
「らしい?」
スタッフから笑いが起きた。
「俺も、まだ勉強中だから。」
その一言で少し場が和らいだ。
津森が立ち上がる。
「今日は制度の説明ではありません。」
「まず、皆さんがどう感じるかを聞かせてください。」
沈黙が流れる。
最初に手を挙げたのは、美咲だった。
「私は反対です。」
神崎は少し驚いた。
でも予想はしていた。
「理由を聞いてもいい?」
美咲は迷わず答えた。
「公平じゃないと思います。」
誰も口を挟まない。
「週五日働く人と、週二日の人が同じ正社員なんですよね。」
「そうなる。」
「だったら、不公平です。」
その言葉に、何人かがうなずいた。
美咲は続ける。
「忙しい土日は誰が出るんですか。」
「閉店後のレッスンは。」
「店長業務は。」
「責任は。」
「結局、週五日の人に負担が増えませんか。」
神崎は何も言えなかった。
それは自分も思っていたことだった。
今度は山本翼が口を開く。
「俺も最初はそう思いました。」
「でも。」
少し考えながら続ける。
「今も公平なんですかね。」
美咲が翼を見る。
「どういう意味?」
「彩さん。」
「え?」
「子どもが生まれて辞めたじゃないですか。」
「うん。」
「陽菜も辞めそうですよね。」
陽菜は少し苦笑いする。
「もし、この二人が辞めたら。」
「今より公平になります?」
美咲は答えられなかった。
確かに。
辞めれば残った人の負担はもっと増える。
池元が静かに話し始めた。
「皆さん。」
「公平って何でしょう。」
誰も答えない。
「同じ時間働くことですか。」
「同じ給料ですか。」
「同じ仕事ですか。」
少し間を置く。
「私は違うと思っています。」
池元はホワイトボードに二本の線を描いた。
一本は短い。
一本は長い。
「短い線は、間違っていますか?」
スタッフは首を横に振る。
「長い線だけが正しいですか?」
また首を横に振る。
「人には、それぞれ事情があります。」
「子育て。」
「介護。」
「病気。」
「勉強。」
「夢。」
「その事情に合わせて役割を持てること。」
「私は、それが公平だと思っています。」
美咲は腕を組んだまま聞いていた。
まだ納得したわけではない。
でも。
少しだけ考え始めていた。
津森が続ける。
「もちろん、週二日勤務なら給料も役割も違います。」
「評価も違います。」
「同じ正社員だから全部同じ、ではありません。」
「その会社に必要な役割を担う仲間。」
「それが正社員です。」
神崎は初めて口を開いた。
「俺も最初は反対だった。」
スタッフ全員が神崎を見る。
「でも。」
「人が辞めるたびに思うんだ。」
「もっと違う働き方があれば。」
「この店に残れたんじゃないかって。」
店内が静かになる。
そのとき、入口のベルが鳴った。
「あれ?」
振り返ると、そこには中村彩が立っていた。
「すみません。」
「忘れ物しちゃって。」
スタッフから笑いが起きる。
彩はロッカーから荷物を取りながら、楽しそうに話すみんなを見た。
「いいなぁ。」
その一言が、店内を静かにした。
神崎が尋ねる。
「何が?」
彩は少し照れながら笑った。
「また、ここで働けたらなって。」
誰も言葉が出なかった。
彩は慌てて手を振る。
「ごめんなさい!」
「独り言です!」
そう言って帰っていった。
ドアが閉まる音だけが響く。
神崎はスタッフを見回した。
「みんな。」
「もし彩さんが。」
「週二日だけでも戻ってきてくれたら。」
「この店はどう変わると思う?」
誰もすぐには答えなかった。
でも。
さっきまで「制度」の話だったものが、
初めて「彩さん」の話になっていた。
その違いは、とても大きかった。