美容編第6話「そんな働き方が、本当にできるんですか?」

美容編

第6話

そんな働き方が、本当にできるんですか?

「今日はもう一人、お会いしていただきたい方がいます。」

池元南に案内され、神崎健一は会議室へ入った。

そこには、スーツ姿の男性が座っていた。

「はじめまして。社会保険労務士の津森真彦です。」

「神崎です。よろしくお願いします。」

名刺を交換しながら、神崎は心の中で思った。

(社労士さんか……。)

正直、労務や助成金の相談をする相手という印象しかなかった。

津森は穏やかな表情で切り出した。

「池元さんから、皆さんのお話を伺いました。」

「美容が好きなのに続けられない方が多いそうですね。」

神崎はうなずいた。

「そうなんです。」

「辞めたい人はいないんです。」

「でも、続けられない。」

津森は少しだけ笑った。

「実は、その相談は美容業界だけではありません。」

「え?」

「医療も、保育も、介護も、同じでした。」

神崎は驚いた。

「どこもですか?」

「ええ。」

「みなさん、『人手不足』だと思っています。」

「でも実際は、『続けられる働き方が少ない』という共通の課題があります。」

神崎は池元の言葉を思い出した。

『足りないのは、人ではなく働き方です。』

あの一言が、頭の中でつながった。

津森は一枚の紙を机に置いた。

そこには、大きくこう書かれていた。

週2正社員

神崎は思わず声を出した。

「週二日?」

「はい。」

「正社員です。」

神崎は思わず笑ってしまった。

「いやいや。」

「美容室ですよ?」

「週二日で店が回るとは思えません。」

津森も笑った。

「皆さん、最初はそうおっしゃいます。」

「でも神崎さん。」

「はい。」

「今のスタッフ全員、週五日働けていますか?」

神崎は考えた。

子育て中のスタッフは退職した。

体調を崩したスタッフもいた。

新人は辞めようとしている。

「……。」

答えられなかった。

津森は続けた。

「逆にお聞きします。」

「もし週二日だけでも働けるなら、戻ってきそうな人はいませんか?」

その瞬間だった。

神崎の頭に浮かんだのは、中村彩だった。

「います。」

思わず口に出ていた。

「他にも。」

独立した先輩。

育児中の元スタッフ。

別の美容室へ転職した後輩。

ネイリスト。

アイリスト。

フリーランス。

「結構います……。」

津森は静かにうなずいた。

「その方たちは、美容師を辞めたのでしょうか。」

「いいえ。」

「美容を嫌いになったのでしょうか。」

「それも違います。」

「では。」

津森はゆっくりと言った。

「辞めたのは、美容ではなく、働き方なんです。」

神崎は何も言えなかった。

そんなふうに考えたことは、一度もなかった。

池元が話に加わる。

「神崎さん。」

「今の美容室って、一つの働き方しかありませんよね。」

「正社員。」

「パート。」

「業務委託。」

「大きく分けると、その三つくらいです。」

神崎はうなずく。

「でも、人の人生は三種類じゃありません。」

結婚。

出産。

介護。

副業。

勉強。

親の看病。

体力。

夢。

人生は人それぞれなのに、働き方だけが同じ。

神崎は少しずつ、その意味が分かってきた。

津森が最後に一枚の図を見せた。

そこには一本の線が描かれていた。

美容学校卒業。

就職。

独立。

その三つだけが結ばれている。

「これが、今までの美容業界のモデルです。」

そして、もう一枚。

就職。

週2正社員。

週4正社員。

育児。

復職。

教育担当。

独立。

管理職。

フリーランス。

いくつもの線が交差している。

「これからは、一つの道ではなく、何度でも選び直せる道が必要なんです。」

神崎はその図を見つめた。

まるで人生の地図のようだった。

美容師を辞める人を減らしたい。

そう思っていた。

でも、本当に必要だったのは、

辞めなくても済む道を増やすことだったのかもしれない。

帰り際、津森が笑いながら言った。

「神崎さん。」

「はい。」

「今日は制度の話をしました。」

「でも、制度を作ることが目的じゃありません。」

「目的は。」

「美容が好きな人が、一生働き続けられる会社を作ることです。」

その言葉に、神崎は静かにうなずいた。

店へ戻る車の中。

信号待ちでふと店の看板が見えた。

十年前、この店をオープンした日のことを思い出す。

「ここを、みんなが帰ってこられる場所にしたい。」

あの日の夢は、まだ終わっていなかった。

ただ、その方法が変わるだけなのかもしれない。

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