美容編第2話「美容師になりたかっただけなのに」

美容編

第2話

美容師になりたかっただけなのに

「おはようございます!」

朝八時半。

藤井陽菜は誰よりも大きな声で店に入った。

「おはよう。」

店長の佐伯美咲が笑顔で迎えてくれる。

この瞬間は好きだった。

鏡を拭き、タオルをたたみ、今日の予約を確認する。

十時のオープンまでの店内は、いつも少しだけ穏やかな時間が流れる。

陽菜は美容師になりたかった。

小学生の頃、母に連れられて初めて美容室へ行った日のことを今でも覚えている。

鏡の前で少しずつ変わっていく自分。

最後に美容師さんが笑って言った。

「かわいくなったね。」

その一言が、本当にうれしかった。

高校生になる頃には夢は決まっていた。

美容師になる。

美容学校も楽しかった。

カット。

カラー。

パーマ。

コンテスト。

友達と夜遅くまでウィッグを切った日々。

あの頃は、毎日が夢に向かっている実感でいっぱいだった。

だから就職が決まった日は、家族みんなで喜んでくれた。

「夢がかなったね。」

母の言葉に泣きそうになった。

でも。

現実は少し違っていた。

「陽菜ちゃん、タオルお願い。」

「はい!」

「シャンプー入って。」

「はい!」

「カラー準備。」

「はい!」

一日中走り回る。

それは覚悟していた。

体力がいる仕事だということも知っていた。

大変なのは嫌じゃない。

お客様の「ありがとう」が聞けるなら、それで十分だった。

だけど。

営業が終わる午後七時。

そこからが、本当の一日の始まりだった。

「今日はカットレッスンね。」

「はい!」

ウィッグを並べる。

ハサミを握る。

何度切っても、思うようにいかない。

「そこ違う。」

「ごめんなさい。」

「もう一回。」

「はい。」

時計を見ると九時を過ぎていた。

家に帰るのは十時過ぎ。

お風呂に入り、翌日の準備をすると日付が変わる。

休みの日は講習会。

友達と予定を合わせることも少なくなった。

それでも。

最初の一年は頑張れた。

「美容師になるって、こういうことなんだ。」

そう思っていたから。

でも最近、少しだけ思う。

私は、

美容師になりたかったんだよね。

修行をしたかったわけじゃない。

毎日怒られたかったわけでもない。

休みが欲しいわけでもない。

楽をしたいわけでもない。

ただ。

お客様を笑顔にする仕事がしたかった。

それだけだった。

その日の帰り道。

スマートフォンに通知が届いた。

高校時代の友人グループ。

「今度の土曜日集まろう!」

みんなの楽しそうなメッセージが続く。

陽菜は画面を見つめたまま、小さくため息をついた。

土曜日。

もちろん仕事だ。

日曜日も仕事。

美容師だから当たり前。

そう思っていた。

でも。

「当たり前」って、誰が決めたんだろう。

駅までの道を歩きながら、ふとガラスに映る自分を見た。

美容師になる夢はかなえた。

なのに。

笑っていなかった。

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