福祉・介護士編|第4話 答えられない人

福 祉 ・ 介 護 士 編

第 4 話

答えられない人

実地指導の日。市介護保険課の吉岡直樹が、青いファイルを抱えて事務室に現れた。三十代の、生真面目そうな若手だった。

吉岡は書類を一枚ずつめくり、チェックリストと照らし合わせていく。研修計画、面談記録、実施報告。整合はとれている。「はい、要件は満たしていますね」と、彼はペンを走らせた。

その手際に、宮本施設長がふと口を開いた。「吉岡さん。ひとつ、聞いてもいいですか」

「はい、なんでしょう」

「このキャリアパス加算って、結局、何のためにあるんですか」

吉岡のペンが止まった。「何のため、というと……職員のキャリア形成を、その、促進するためかと」

「その“キャリア形成”を、うちの現場でどうやったら本当に進められるのか。それを知りたいんです。研修を受けたことにしてファイルに挟む、それで職員の何が育つんですか」

吉岡はしばらく黙ってから、言葉を選ぶように答えた。「……国の要件では、研修やミーティングを実施している旨が記録されていれば、算定は可能です」

「つまり、書いてあればいい、ということですか」

沈黙があって、「……そうですね」と、消え入るような声が返ってきた。

佳代は傍らで、その様子を見ていた。責める気にはなれなかった。吉岡もまた、基準書に書かれた文言をなぞることしかできない立場なのだ。制度をつくった国の意図は、市の窓口にも、たぶん県にも、届いていない。

吉岡が帰ったあと、事務室に重たい沈黙が落ちた。

「……結局、うちも要件を満たすことだけに、必死になってるんだよな」宮本が、ぽつりとこぼした。「介護報酬は公定価格だ。基本の単価は、こっちじゃ一円も動かせない。増やせるのは、加算だけ。だから、中身より先に“書類が通るか”を考えちまう。……本末転倒だってのは、わかってるんだ」

その言葉に、職員たちは黙ってうなずいた。増収の道が加算しかない以上、施設が申請のために書類を整えることを、誰も責められない。責めるべきは、たぶん、そこじゃない。

「県に聞いても、同じでしょうね」森田が首をかしげる。「みんな、基準書をそのまま読んで答えてるだけ」

「でも」と、佳代が言った。「国がわざわざ、こんなまどろっこしい条件をつけて“キャリアパス加算”なんて作ったのには、理由があるはずでしょう。ただの収入アップの仕組みなら、もっと単純にすればいい」

「じゃあ、何のため?」

問いに答えられる者はいなかった。宮本が、深く椅子に沈み込んでつぶやいた。「……俺たちが知りたいのは、点数を取る方法じゃない。この制度を、何のために使えばいいのか、だ」

誰に聞けばいいのか。どこに答えがあるのか。職員たちが顔を見合わせたそのとき、誰かが小さく言った。

「……外の専門家に、聞いてみますか。キャリア開発とか、制度設計に詳しい人に」

その一言が、まだかすかな光のように、部屋の空気をわずかに揺らした。

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