第 3 話
夕方の休憩室。送迎を終えたあと、制服の袖をまくった森田静江が、コーヒーをすすりながらつぶやいた。
「ボーナスがちょっと増えるって聞いたけど、ほんとかしらね。“施設の運営費に回りました”ってなるのがオチじゃない?」
そこへ、入職三年目の田中美咲が加わった。「でも、キャリアパスって言われても、私たちが何か新しいスキルを学べるわけでもないし。“研修しました”って報告書のために、急ごしらえのビデオ研修を受けさせられるだけで、正直、疲れます」
美咲は明るいが、いつも仕事に追われて余裕がない。その苛立ちを、佳代は責める気になれなかった。三年前の自分も、たぶん同じ顔をしていた。
佳代は少し黙ってから、ぽつりと言った。「……そういえば、この前ね。娘の同級生のお母さんが、保育園に“週2の先生”がいるって話してたの。最初は不安だったけど、その先生が子どもの変化をすごくよく見てくれて、助かってるって」
「週2の先生?」美咲が首をかしげる。「週2で、先生? それって……無責任じゃないですか。毎日いない人に、子どもの何がわかるのって、私なら思っちゃいます」
その言葉に、佳代は苦笑した。かみつくところが、昔の自分にそっくりだった。「私も最初はそう思った。でもね、そのお母さんが言うには、フルタイムの先生が見落とすことを、その週2の先生がすくい上げてくれるんだって。短い時間だからこそ、一回一回をちゃんと見てる、って」
森田も思い出したように口を開く。「そういえば、うちの孫の保育園も、そんな制度を考えてるって聞いたわ。園長先生が“短時間正社員”って言ってたかしら」
休憩室に、一瞬の沈黙が落ちた。書類と形式だけで積み上げられている加算とは、まったく別の話が、ふっと差し込んできた瞬間だった。
美咲はまだ腑に落ちない顔をしていたが、それ以上は言わなかった。佳代はコーヒーを見つめながら、心の中でつぶやいた。──制度の言葉じゃなくて、人の働き方のほうを、先に考えたほうがいいんじゃないか。