第 1 話
「また研修計画の書類ですか」
佐々木佳代が休憩室に入ると、机いっぱいにコピー用紙を広げた事務員が、ため息まじりにパソコンへ向かっていた。
「キャリアパス加算の計画書です。ネットに転がってる雛形を拾ってきて、施設名と日付を変えるだけ。……もう慣れましたけど」
「……それでいいの?」
「いいんですよ。どうせ役所の担当も、中身までは見てませんから」
指さされた画面には、どこかの施設名が消し忘れたまま残っているテンプレート。文面はきれいだが、誰の顔も浮かばない言葉ばかりだった。
「“キャリアアップ研修を定期的に実施し、職員の能力向上に資する”……」
事務員が声に出して読むと、通りかかった森田静江が苦笑いを漏らした。「そんな研修、うちでやったことあったかしらね」
「一応、外部のオンライン研修を受けたってことにしてます。名前をリストに書いて、プリントをファイルに挟んで、それで証拠完了です」
佳代は返す言葉を失った。書類の束をめくると、「職員のキャリア形成」「働き続けられる環境整備」「相談窓口の設置」と、立派な文字がびっしり並んでいる。どれも現場で利用者を支えている自分たちの姿とは、まるで別世界の話に思えた。
働き続けられる環境整備、という一行の上で、佳代の指が止まった。──その環境が、いまの私にはない。娘の受験と母の介護を抱えたまま、この働き方をあと何年続けられるだろう。ファイルの中の言葉は、こんなにやさしいのに。
「キャリアパスって言うけど、結局は形式だけ。誰のキャリアが育つわけでもないのにね」
森田がぼそりとつぶやく。事務員は小さく肩をすくめた。「まあ、加算でお金が入るのは事実ですから。でも、現場のために何が変わるかと聞かれると……難しいですね」
窓の外では、送迎車に乗り込む利用者と、その家族が笑い合っていた。その笑い声と、机の上の書類の山とのあいだが、あまりに遠すぎて、佳代は思わず目を伏せた。
──加算は、本当に利用者や職員の未来のためにあるんだろうか。