「うちのスタッフでも、社員として残せるのか?」
ある居酒屋の社長との会話から考えたこと
人手不足の時代と言われています。でも、本当は「働きたい人」は世の中にちゃんといます。ただ、その人たちが手を伸ばしやすい枠が、まだあまり用意されていないだけかもしれません。あるセミナーで老舗居酒屋の社長さんからいただいた一言から、そんなことを考えました。
先日、ある業界団体のセミナーで「週2正社員(シューニ)」というテーマで話をする機会がありました。
働き方を語ると、たいてい二つの反応に分かれます。一つは「面白いね、でもうちは無理かな」という距離のあるリアクション。もう一つは、自分の現場と地続きで聞いてくれる人の前のめりな反応。その日は、後者でした。
会場には、九州で多店舗展開している飲食店の社長さんがいらっしゃいました。私の話が一段落したころ、こう質問してくださいました。
その問いに、私はけっこう感動してしまいました。なぜなら、この社長さんは、目の前のスタッフ一人ひとりの顔を思い浮かべながら聞いてくださっていたからです。
「降格」という言葉の重さ
飲食業に限らず、サービス業の現場ではよくある話だと思います。
ある日、長く勤めてくれている社員さんが、出産や介護や、自身の体調の問題で、フルタイムで働くのが難しくなる。本人は辞めたいわけじゃない。会社も辞めてほしくない。だけど、就業規則に「正社員=週5日フルタイム」としか書かれていないと、選択肢は一つしかない。
──アルバイトに切り替える。
このとき、本人はもちろん、会社側も心のどこかで「申し訳ないな」と思っています。それまでバリバリ働いてきた人を、書類上「降格」させるかたちになるからです。月給は時給に、賞与の対象からも外れ、肩書きも消える。
働く側からすれば、続けられたのは嬉しい。でも、なんだか自分が一段下がったような気がしてしまう。「降格された」という感覚は、思った以上に長く尾を引きます。仕事への気持ちや、職場との一体感みたいなものが、少しずつ薄れていく。
そして数ヶ月後、あるいは1〜2年後に、ぽつりと辞めてしまう。
「家庭の事情で…」と本人は言うけれど、本当のところは少し違うのかもしれません。
「社員のままで」というだけで、人は変わる
ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
正社員と、アルバイト・パート。両者を分けているのは、何でしょうか。
労働時間? 業務の責任? 処遇?
実は、法律で「正社員はこういうものだ」と明確に定義されているわけではありません。「正社員=週5日フルタイム」というのは、私たちの頭の中にある慣習みたいなもので、就業規則を整備すれば「週2勤務でも雇用契約上は正社員」という働き方は十分つくれます。
これを、私は「週2正社員(シューニ)」と呼んでいます。
──週2勤務、でも社員のまま。
これだけのことなのに、現場での意味合いはずいぶん変わります。本人にとっては「働き方を選んだ正社員」であって、「降格されたアルバイト」ではない。賞与の対象にも、評価の対象にも、教育の対象にも残る。会社からも「あなたはうちの大切な人材です」というメッセージが伝わります。
「正社員」という3文字は、思っている以上に人の心を動かします。
介護や子育てだけじゃない、「人生を見直したい」という理由もある
ここでもうひとつ付け加えたいことがあります。
週2正社員という働き方を考えるとき、つい「介護」とか「子育て」とか、そういう"やむを得ない事情"を思い浮かべがちです。たしかに、それは大事な使われ方の一つだと思います。
ただ、私はもう少し広く考えてもいいんじゃないかと思っています。
たとえば、こういう理由で週2勤務を選ぶ人がいてもいい。
──ちょっと、人生を見直したい。
40代、50代にもなると、ふと立ち止まりたくなる時期があります。「このままの働き方でいいのかな」「もう一回、自分のやりたいことを考えたいな」。そう思っても、いまの日本の働き方は「辞めるか、続けるか」の二択になりがちです。辞めれば収入も社会との接点もなくなる。続ければ、考える時間がない。
でも、週2正社員という選択肢があれば、こうなります。
会社員としての土台は残したまま、空いた5日間で人生を考える
これって、けっこう贅沢なことだと思います。退職後に考え始めるよりも、ずっと健全に、未来の自分を設計できる。会社にとっても、辞められるより、しばらく週2でつないでもらった方がよっぽどいい。下手をすると、その5日間で見つけた何かが、また会社に還ってくることだってあります。
「やむを得ず」じゃなく、「自分で選ぶ」。
そういう使い方ができるようになると、週2正社員は、もう一段、開けた制度になる気がします。
外国人雇用の前にやれること、あるんじゃないか
人手不足の話になると、最近はすぐ「外国人材の活用」という話が出てきます。それ自体はもちろん大切なテーマだと思います。否定するつもりはありません。
ただ、その前にやれることがあるんじゃないか、と私は思っています。
地域には、こんな人たちが大勢います。
過去に正社員として働いていた40〜60代。子育てや介護がひと段落して、また働きたいと思っている人。でも、フルタイムは体力的にきつい。かといって、「パートかアルバイト」という募集の枠には、なんとなく気が乗らない。
「もうパートはちょっと…」という心理的なハードルって、けっこうリアルにあると思います。本人もうまく言語化できないかもしれませんが、長年積み上げてきたキャリアや誇りが、そう簡単に「時給○○○円のパート」という枠におさまってくれない。
そういう人たちは、求人サイトをスクロールしても、結局応募ボタンを押さないまま閉じてしまう。
でも、「週2でも"社員"として迎えます」と書かれた募集があったら、どうでしょう。
たぶん、画面を閉じる手が止まる人がいます。
一から教えるか、もう知っている人を迎えるか
冷静に比較してみると、この差はけっこう大きい。
外国人材の方を一から教育する場合、言語、接客、マナー、商習慣など、覚えてもらうことは少なくありません。受け入れる側も、教える側も、相応のエネルギーを使います。それでも長く働いてくれるかどうかは、ビザや本国の事情にも左右されます。
一方、地域に眠っている経験者は、日本語も接客も常識も、もう身についています。何なら、若いスタッフより手際がいいことも多い。地元在住なので、長く働いてくれる可能性も高い。
「外国人を一から教育」と「眠れる地元人材を週2で迎える」。
どちらが、現場の負担が少なくて、定着する可能性が高いか。
少なくとも、選択肢として並べて検討する価値はあると思います。
多店舗展開なら、もう一段の柔軟性も
ちなみに、複数の店舗を持っている会社なら、もっと面白いことができます。
「A店で月曜だけ、B店で水曜だけ、C店で金曜だけ」みたいに、店舗をまたいだ週2正社員という形も組めます。単独の店舗では難しい働き方も、会社全体で見れば十分成立する。
ヘルプ要員としての位置づけでも、「正社員ステータス」があるだけで、本人のモチベーションはぜんぜん違います。「呼ばれて行く人」ではなく、「会社全体を支える人」になる。
制度設計は、専門家と一緒に
ここまで読んで、「うちでもやってみたい」と思ってくださる経営者の方がいたら、すごく嬉しいです。
ただ、実際に導入するときは、就業規則の整備や社会保険の取り扱いなど、専門的な部分も出てきます。これは顧問の社労士さんやキャリアコンサルタントの先生と一緒に進めていくのがおすすめです。
ひとつだけ、社労士さんによっては「短時間正社員制度」自体に馴染みが薄いことがあります。そんなときは、以下の通知が手がかりになります。
平成21年6月30日 保保発第0630001号
「短時間正社員に係る健康保険の適用について」
健康保険の被保険者資格についての考え方が整理されている、短時間正社員制度の基本となる文書です。
おわりに
冒頭の社長さんの問いに戻ります。
「うちのスタッフでも、社員として残せるのか?」
答えは、「はい、残せます」。
そして、それは既存スタッフの引き留めという守りの話だけでなく、新しい人材を迎え入れるための攻めの話にもなります。
人手不足の時代と言われています。でも、本当は「働きたい人」は、世の中にちゃんといる。ただ、その人たちが手を伸ばしやすい枠が、まだあまり用意されていないだけです。
「正社員」という3文字を、もう少し柔軟に使ってみる。
それだけで、見える景色は意外と変わるかもしれません。
