プロジェクトのテーマは、 共感・暗黙知・共通善

2020年9月に学んだeumoアカデミーはエーザイの高山さんのお話。
タイトルは『SDGsと世界の潮流に対する 知識ベースのSDGsの実践〜共感を伴う共同化からの視点~』でした。

そこで語られたのは共感と暗黙知の話でした。
「オンラインよりもリアルのほうが共感が生まれやすい。言葉や映像だけでなく、温度感、空気感にこそ共感の種がある。
これは“暗黙知”を産み、デジタルやAIの得意な“形式知”よりも重要な情報である」と。
この話を聞いて、私は運命を感じたのでした。

 

ちょうどこの講義の1週間前、私は自宅で倒れました。
意識を失って病院に担ぎ込まれてから1週間はベッドの上で寝たきりでした。
全く動けないわけではないのだけれど、「とにかく安静にしていなさい」と医師から言われていました。

 

というわけで毎日ほぼ24時間動けなかったため、私は病室や病室の音を観察していました。

廊下を徘徊する老人、車椅子で勝手にどこかに行こうとする人、トイレにいつも並んでいる人。そして患者さんとすれ違うたびに聞こえる看護師さんの声。

私はその声掛けに感心していたのです。

まず気が付いたのは、方言が強いこと。
子供をあやすようなときもあれば、叱るように言うときもあります。
また事務的に話すこともあれば、なだめるように言うことも。

最初は「うるさくて寝れないな」ぐらいにしか思っていなかったのですが、ずっと聞いているうちに「なるほど、こうやってコミュニケーションを取っているんだ」と思うようになりました。

 

そしてこれは私の専門であるデジタルやAIでは、不可能な領域だと感じました。

 

地方で生まれ育った人間にとっては、標準語よりも方言のほうが親しみやすくて安心できます。
そして看護師さんたちは相手の性格や状況を見て、なだめたほうがいいのか、叱ったほうがいいのかをとっさに判断しています。

 

スタッフ同士の情報共有や分析にデジタル技術が活用できても、患者・看護師間の臨機応変な対応はかなり難しいだろうなぁ。
そして看護師さんや介護士さんはすごいな、と思いました。

だって「こんな倒れ方したら、この声掛けをする」「この動きをしたら、この声掛けをする」なんて、AIが決めていても何の役にも立ちませんからねw

 

そんな思いで1週間を過ごしているうちに、退院の日になりました。妻と長女が車で迎えに来てくれたので、道すがら保育士の卵である長女に看護師さんの声掛けの話をしました。保育士も一緒だよね、大変だけどそこが楽しいよねと。そういう話をしたのでした。

 

当たり前ですが、デジタルにもアナログにもそれぞれに良さがあり、お互いが取って代われない領域もあり、得意分野もあり、不得意なところもあり、それを補完しないといけない関係なんです。

 

そこでピタッとハマったのが、形式知と暗黙知の話です。「ん? 私は、今日の話がよく理解できるように先週倒れたのか???」とさえ思いました。

そして私自身もいったん生まれ変わったものとして、もう一度リアルの場作りを考えていきたいなと思ったのでした。

そんな話を聞いていろいろな人達と話し合って、出来上がったのが、このプロジェクトです。